穂高槍縦走 一日目 ~The last traverse of my life~
3年目の正直
2004年10月 登山を始めた年で、木村さんと登った銚子ヶ峰から見た大キレット。
2007年8月 笠新道から見た西穂から奥穂への稜線。
2010年9月 飛騨沢から槍ヶ岳へ。山頂から見た奥穂から北穂、そしてここに続く稜線。
2011年9月 白出沢から奥穂高岳へ。山頂から見たジャンダルム、ロバの耳の岩峰。
2012年9月 西穂から間ノ岳~天狗ノ頭~ジャンダルムを越えて奥穂へ縦走。
2013年9月 槍から大キレットを越え、北穂~奥穂へ縦走。
北アルプスの中でも槍ヶ岳、穂高連峰のある南部は人気のある山域だ。そしてその登山ルートの中には国内でも屈指の難所、西穂高岳から奥穂高岳、奥穂高岳から槍ヶ岳への縦走路は一般のルートとは異なり、一層の体力と技術を要する。近年では安易にこれらのルートに立ち入り、遭難事故が多発している。気軽にとか、生半可な気持ちだと、山は登山者を拒否することもある。一度縦走したことのあるルートではあるけど、それは10年ちょっと前のこと。当時から体力は落ちているし、以前と登山道の状況が同じであるとも限らない。
2023年は西穂山荘へたどり着いたものの、体調やメンタルに違和感を感じ、山行を断念。2024年は立山の大日三山縦走後にコロナに感染して断念。今回が三年目の正直となる。仕事の関係で休みが取れたのは6月末から7月にかけて。この時期は所々でルート上に残雪があるので、アイゼンなどの装備が必要でもある。じっくり時間を掛けて準備をし、いつものとおり新穂高へ向かう。二年前は蒲田川沿いの登山者用駐車場は満車だった。あの時はお盆過ぎとはいえ、8月末とまだ登山者が多かったとき。以前6月にKUMAクンと西穂独標に登った時は駐車場はガラガラだったことを思いだし、何とか停められないかなと思い、車を走らせる。
そして駐車場に入ると…なんとガラガラ。新穂高登山指導センターにつながる道の入口のすぐ近くに停めることができた。時間があるので一帯を散歩がてら指導センターを訪れる。北穂の辺りの積雪の状況を聞いたところ、念の為アイゼンやピッケルを持っていったほうがいいとのこと。ちょっと荷物が重くなるけど、この時期は仕方がない。あとは時間を潰しながら夕方になって食事を取り、車中泊。明日は何とか晴れるらしい。
今回の行程はロープウェイで西穂高口駅を出発し、初日は体を慣らすため西穂山荘で宿泊。二日目に西穂、間ノ岳、天狗ノ頭、ジャンダルム、奥穂高岳と縦走し、穂高岳山荘で宿泊。三日目は涸沢岳から奥壁バンドを経て北穂へ、飛騨泣き、長谷川ピークと大キレットを越え、南岳、中岳、大喰岳と縦走して槍ヶ岳に至る。四日目は槍ヶ岳山荘から西鎌尾根を下りて双六小屋から笠ヶ岳を目指し、五日目に新穂高へと頭の中で描いているのだけど、さすがに体力も時間も限られる。しかし現実はというと、笠ヶ岳山荘は営業前、そして左俣林道は土砂崩れで通行止め。というわけで笠へと回るかどうかは早々に諦め、最終日の四日目は飛騨沢…いや、東鎌尾根を下り、水俣乗越で槍沢へと下り、上高地へと下山する。特に理由はなく、単に東鎌尾根を歩きたいだけ。
そして出発の日。早々に準備をして新穂高センターへと通じる道を歩いていく。指導センターで登山届を提出し、協力金を入れてロープウェイ駅へ。まだサマータイムではないので、始発は8時30分。駅舎はまだ開いていなかったので、外で座って待つ。ザックの中にはいつもの荷物に加えて12本爪のアイゼンとザックに取り付けたピッケル。一体重さはどれくらいになっているだろうか。

今回の縦走は6月の終わりから7月にかけて。いつもとちょっと異なる。

駐車場はガラガラ。いいところに停めてしまったよ。

ここから新穂高センターへ。いつものお馴染みの道。

有料駐車場も車は少ない。まだハイシーズンじゃないもんね。

新穂高登山指導センター。初めて西穂へ登った13年前はちょうどここは更地になっていて改築中だった。

ポストに登山届を提出。登山者の義務だ。

協力金も入れる。登山道維持のために使われるそうだ。

まだ駅舎は開いていなかった。しばし外で待つ。
駅の扉が開いて中に入る。まずは切符を買わねば。6kg以上の荷物は荷物券も必要なのだけど、念のためハカリの上において量ってみると、数字は14.57kg。それに加えて一眼カメラもぶら下げているので、荷物だけで16kg近くなっていただろう。いつもより重い荷物を担いでロープウェイに乗る。

暗くてわからないけど、14.57kgの表示。6kgどころの騒ぎではない。

片道の切符と荷物券。6kgは遥かに超えてたけど1枚分で良かった。

始発の便がやってきたけど、ほぼ一杯だよ。
