穂高縦走

穂高縦走 四日目 ~旅の終わり~

また来れば良い

天気に恵まれた西穂~奥穂の縦走。夕方に山荘で明日の天気予報が流されると、テレビの前に大勢集まってきた。どうやら崩れる確率は高いらしい。最終日は山から下りる日。前穂高岳に寄ってから岳沢へ下りていく計画だが、体調や天候次第で白出沢から新穂高へ下りていくことも選択肢に入っている。とにかく明日の早朝に空と相談して決めよう。

でもって次の日、相変わらず寝付けない中、空を見ると星は見えない。雲が広がっているようだが、雨は降っていない。急いで支度をする。出発は3時25分。お父さんが山荘の外で空を見上げている。

「立山の方でちょっと光ったよ(雷のことね)。遠くだから大丈夫だと思うけど、気をつけてね。」

お父さんにお礼を言って登り始める。ハシゴや鎖を伝い、ペンキマークを探しながら進むのだが、昼の明るい時は難なく登ったルートも真っ暗なのでヘッデンで確認しながら慎重に登る。一瞬だが雲が去って星が見えた。まだまだ運があるのか? と思っていたらすぐに谷からガスが昇ってきた。しかも風も強い。

  
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穂高岳山荘を朝の3時25分に出発。ナイトハイクなので気をつけて。

今年の春先、山頂から下山するパーティーが間違い尾根に迷い込んで遭難、死亡事故が発生した。この夏、山頂直下に設置された案内標識を過ぎると奥穂高岳山頂に到着。西穂高岳の時もそうだったが、ナイトハイクは危険なのでやらないようにね。真っ暗な中、3,190mに登っても何も見えないよ。

そして向かうは吊尾根。ここから前穂高岳を目指す。しかしこの強風とガス。西穂高岳から引き返した時を思い出す。今日は初めて行くルートだし、危険な箇所も多い。無理だと思ったらすぐに引き返そう。せっかくここまで何事もなかったのに最後の最後に事故が起こっては何もならない。

  
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山頂手前の標識。山頂から左に下れば山荘へ。間違い尾根に迷わないように今年設置された。

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奥穂高岳山頂に到着。辺りは真っ暗で風が強い。

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ここから吊尾根を経て前穂高岳を目指す。とにかく慎重に。


  

暗いせいか、吊尾根は踏み跡を辿っていけば迷うことはない。しばらく進むと「南陵ノ頭」の標識に着いた。左側は涸沢。落ちると誰も助けてくれない。ちょっと風が強くなってきた。もう少し進んでみよう。

しばらく吊尾根を進んでいくと、急な岩場の下りになった。鎖も設置されている。順調に下りきったところで悪い予感が当たった。雨が降ってきた。

穂高縦走

南陵ノ頭に着いた。さっきよりも風が強くなってきた。もうちょっと先へ。

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鎖場を下ったところで悪いことに雨が降ってきた。風もかなり強いので山荘へ引き返す。

まだ小降りではあったので、ザックカバーのみ掛ける。風はどんどん強くなってくる。3日前に山に入って以来、勘が冴えているのを感じている。ここは悩むことなく撤退を決め、山荘に戻ることにする。この暗闇の中、雨、風、ガスの最悪のコンディションでこの先の岩場で何があってもおかしくない。本降りになる前に急いで奥穂高岳山頂に引き返す。

奥穂高岳山頂へ戻り、山荘へ下っていく。半分くらい下っただろうか。4名ほどのパーティーが登ってきた。この様子だと西穂まで行くのだろう。そのまま道を譲る。山荘に近づいたところでソロの男性とすれ違う。彼も西穂まで行くそうだが、初めてトライするらしい。山頂は風が強く、雨も本降りになりそうなので、決して無理しないように伝える。更に前穂を目指す夫婦にも声を掛ける。そして無事に山荘まで辿り着いた。

時刻はまだ5時半。しかし玄関には多くの登山者が出発すべきかとどまるべきかざわついていた。その中には昨日のイケメン兄さんの姿もある。山頂は風が強く、雨も降り出して危険なので下りてきたことを伝えると、今日目指す槍ヶ岳はあきらめ、涸沢から下山すると言った。

山荘の外を見ると、タイミングが良すぎるのか、大粒の雨が降ってきた。隣にいた女性はそれを見て、涸沢から下山することを決断したようだ。天気回復を期待していたが、この雨を見て自分もレインを着る。今日は前穂はあきらめ、白出沢から新穂高へ下りていくと決めた。


イケメン兄さんに別れを告げ、山荘の裏手、岩屑が延々と続く白出沢を下りていく。丁度一年前に歩いたルートなので、まだ記憶は鮮明だ。最初はペンキマークに沿って、ある程度下りたら浮き石に気をつけて歩きやすい所を選んで下りていく。雨はひたすら降っている。どうやらガスが谷から上がってきたようだ。

セバ谷の雪渓を過ぎ、順調に荷継沢まで下りてきた。昨年あれだけ苦労した下りだが、前回よりもペースははるかに早いようだ。荷継沢を越えると、雨は激しくなってきた。足下の悪い中、滑らないように急坂を下る。鉱石沢手前で数人のパーティーが登ってくる。ということは・・・重太郎橋は流されていないのか。パーティーの一人に確認すると、橋は無事に架かっているそうだ。この夏はゲリラ豪雨が多かったので、ちょっと心配だったのだが、これで安心。

岩切道のトラバース路を慎重に進み、ハシゴを下りると重太郎橋に到着。この時点で雨は止んでいた。レインを脱ごうと思ったが、まだまだ空が怪しい。レインは来たまま小休止して白出沢出合の登山口を目指す。後はさほどアップダウンはないはずだ。

  
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岩切道へのハシゴを下りる。雨の中一気に白出沢を下りてきた。

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天狗沢には流木がいっぱい。現在雨は小康状態だ。

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重太郎橋。ここのところの豪雨にもかかわらず流されることはなかったようだ。


  
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林道を雨に打たれながらひたすら歩き、ようやく新穂高に戻ってきた。ロープウェイの駅でザックを下ろす。

無事に登山口に辿り着く。あとは林道を新穂高に向けて歩くのみ。林道を進むときも雨は降ったり止んだり。やはりレイン脱がなくて良かった。最後の最後に悪天候に遭ってしまったが、新穂高に何事もなく到着した。穂高岳山荘を出発して4時間。これまた予想以上のペースだった。更に雨は土砂降りに。今日はずっとこんな天気だ。

指導センターで恒例の下山届を提出する。無事に戻ってきた証拠だ。後から知ったのだが、同じ日に北穂と涸沢岳間のD沢のコル付近で男性が滑落、死亡するという事故が起きた。天候のせいか、ちょっとした油断があったのか、原因はわからない。登山で大事なことは無事に戻ること。敢えて登るのを止めるのも引き返すのも登山。ガツガツしなければ山は逃げないのだ。
それ故、5年間の目標であった西穂~奥穂を完走し、4日間無事であったことに感謝したい。

  
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恒例の下山届。面倒くさがらず、ちゃんと提出しようね。

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4日間無事であったことに感謝を込めて。

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これにて4日間の穂高縦走の旅はオシマイ。お疲れさんでした。やっぱ山はいいね。


<最後に>

今回の山行にあたり、ルートの予習をとことん行った。その中で、参考にした西穂山荘のウェブサイトに書かれてある一言をこの4日間絶えず心に刻みながら山に登った。

「また来れば良い。」

登山案内のページで「西穂高岳山頂 ←→ 奥穂高岳  ・・・・・ ※エキスパートのみ」でルートの内容が紹介されているが、その中の最後の一言である。短い一言であるが、頭から離れなかった。この一言のおかげで西穂高岳や吊尾根から躊躇することなく引き返すことができた。深い言葉だ。

山から下りてきた今でも「また来れば良い。」が身に染みついている。長い人生の中、失敗や挫折などいろいろあるが、「また来れば良い」のだ。

すべて山が教えてくれた。

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(西穂山荘のサイトはこちら)


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